9s Galleryでは、2024/2/22(木)から 2024/2/29(木)まで、熊谷晴子個展「悠久の子」を開催いたします。
熊谷晴子は、子供時代の記憶・性犯罪被害のトラウマに向き合った作品制作を実践してきたアーティスト。2019年から制作活動をはじめ、初の展覧会での展示作品が私立美術館に収蔵されたり、Independent Tokyoで審査員特別賞を受賞したりと、アートシーンからの注目を集めています。
本記事では、熊谷が新たな境地に挑戦した新シリーズについて語るインタビューを公開いたします。
漫画家・イラストレーターとして活動後、大学へ入学。 在学中に仲間を募り8ミリフィルムの特撮映画を撮影する。 ソーシャルゲームのアートディレクターを経て、 2019年に初めての絵画展を友人と二人で開催。
同年、YouTube " ぱるぱる【バイク女子チャンネル】" を始める。 チャンネル登録者数は50,000人超(2024/2/1現在)。 企業の漫画、イラスト、コピー制作等も行い、 YouTuberとしても活動している。
表現方法や技法の型に囚われない、多彩な作風が魅力。自身のインナーチャイルドが様々な感情を表現するスタイルや、小学4年生の時に性犯罪被害にあった際の記憶を糧に、自身の感情をぶつけるスタイルを確立。
2021年3月より、F100号3枚の連作が美術館所蔵品となった。
アーティストになったきっかけ:幼少期の記憶・トラウマをぶつける
-熊谷さんはYouTube、漫画、イラストなど、たくさんの領域で活動されています。そんな中で、アーティストとしての活動をはじめた経緯を教えてください。
アーティストとしてのデビューは、2019年に版画家の友人と二人展をしたことです。
今の制作にも通じることですが、当時は自分自身の個人的な感情、特に怒りや悲しみをぶつけるようにして、キャンバスに絵の具を重ねていました。
《new eyes born from sun's blood》2019
小学生の頃に受けた性犯罪など、幼少期の苦しい記憶がトラウマとして自分の中にずっと残っていて。
小さな時には自分自身でも何が起きたのかよく分かっていなかったけれど、成長して自分が受けたことの意味が段々理解できるようになるにつれ、自分の中での怒りがどんどん湧いてきたんです。
そういった負の感情がある種のモチベーションだったので、自分の心を削るようにして制作していました。
そうして制作した作品を展示したことがきっかけで、ある美術館に作品を収蔵していただいたり、2021年にIndependent Tokyoという公募展で審査員特別賞を受賞したりといったこともありました。
そういった反響もアーティストとして制作を続ける背中を押してくれましたね。
新作「あっくん」シリーズ:誰しもが心に抱える「インナーチャイルド」を描く
-今回9s Galleryで開催する「悠久の子」展では、小さな子どもが穏やかに過ごしている作品などを発表される予定です。
「悠久の子」展では、インナーチャイルドをテーマにした新作「あっくん」シリーズを発表します。
「インナーチャイルド」は、成人しても自分の中に残っている「子どものままの部分」を指す言葉です。
元々、先ほどお話しした幼少期の頃のトラウマや、家族との関係に悩んでいた時、「アダルトチルドレン」(家族関係が機能しない「機能不全家族」で育った人々を指す)という言葉を知って。
本を読んで色々と調べているうちに「インナーチャイルド」のことも学んで、私自身の中にもいる、という実感を持ったんです。
だから、ずっと「いつかはやってみたい」と思っていたテーマでもあります。
それに、インナーチャイルドはきっとほとんどの人が心に抱えているものだとも思うんですよね。
なので、鑑賞者の方々の中にいるインナーチャイルドに語りかけられるような作品を目指したいと考えて、あえてよくあるニックネーム風の「あっくん」という名前にしました。
-「あっくん」シリーズは初期の作風からかなり変化して、穏やかな印象を受けます。作風が変化するきっかけはありましたか?
私自身の心の状況や、物事への捉え方の変化が反映されているのかもしれません。
ここ数年、作品に自分の怒りをぶつけるという制作を続けるかたわらで、数年カウンセリングなどを受けていたんです。
その中で、だんだんと自分の悲しみを言語化できるようになっていって、物事の捉え方も悲観的なものから少しずつ明るい方向へと変わってきた自覚があります。
今回展示する作品だと、2021年に制作した《pofupofu》はちょうどそういう心の変化が起きていた頃のものですね。
《pofupofu》(2021)
今までの制作で培ってきた下地やマチエール感は生かしつつ、今の「あっくん」シリーズを描くにはどうすればいいのか模索していた、過渡期的な作品です。それまではかなり抽象的な作品ばかり描いていたので、「あっくん」をどう描いていくかは試行錯誤の連続でした。
最近の作品も描くたびに色んな挑戦をしているのですが、個人的にこだわっているのは線の表情です。
《Chill》(2024)
インナーチャイルドである「あっくん」は、「そこにいるようでいない」心の中の存在です。
それに自分の感情を素直に出すので、リラックスしたり、怒ったり、常にくるくる動いていく。
そういった、物理的・精神的なブレや揺らぎを出すために、滲んだような線を描いています。
《Chill》(2024) 部分
ぱっと見、1回線を描いてから水で滲ませているんだとよく思われるんですが、実は滲んだように見える色の絵具を水分多めの筆で載せています。これが結構難しくて、色が少し濃すぎると印象がまったく変わるんです。
支持体が木製パネルで滲みにくいのでこうしてるんですけど、特に下地が金箔の作品は絶対ミスできないので息を詰めて描いてますね。
《surrounded by love》(2024)
あとは「あっくん」がいる空間もわざと非現実的になるように描いています。《悠久》は、藤の花が咲いているのに地面には落ち葉が積もっている、というように現実にはない組み合わせを描くことで、悠久の時が流れる夢の中のような空間を演出しました。
《悠久》(2024)
まわりの蝶々もあえて記号的に描いていて、無限を表す「♾️」というマークのオマージュです。
幼少期に関わった人や環境からの影響を受けて生まれる「インナーチャイルド」は、ある意味、自分以外のたくさんの命と関わった痕跡でもあると思っていて。
例えばある命が亡くなってしまっても、一部分は別の命に残されていく。
そういう、すべての命の大きなつながりを持った存在として描ければと思って蝶々を描き込みました。
《悠久》(2024) 部分
反対に、制作初期から力を入れているポイントとしては下地ですね。何層も重ねながら狙った質感を出せるよう、かなり時間をかけています。《悠久》は下地に砂のような粒子を混ぜているので、実際に見ると表面に細かい凹凸があります。こういった微妙な質感は写真とまったく印象が違うので、ぜひ展覧会で実際にご覧いただけるととても嬉しいですね。
とはいえ、今の作風が完成形かというとまったくそんなことはなくて、今後も描きながらどんどん変わっていくと思います。
「インナーチャイルド」はもっともっと深掘りしていきたいテーマですね。
初の立体作品:手で包みこみたくなる、穏やかな眠りの表情
-今回は、初めて制作されたという立体作品も出品されます。
《悠久の子》シリーズです。大人になると、睡眠時間も嫌なことを考えて寝付けなくなりがちですよね。その点、赤ちゃんは純粋無垢に眠りに落ちている。鑑賞者の方がそんな原点に立ち返れるような作品にしたいと思って制作しました。
《悠久の子 1》(2024)
立体に挑戦してみてよかったのは、触ってみたくなるような丸いフォルムを表現できたことです。
個人的にも、今回の展示作品の中での自信作ですね。
立体作品を制作したきっかけは、沖縄を旅行した時に、現地の窯元で素焼きのシーサーを作ってみたことです。土で何かを形作ること自体が楽しくて、何点も作ることにしました。
今回6点作った内、《悠久の子 1》と《悠久の子 2》はその沖縄で焼成してもらったものです。
その2作は陶器に使用する土を使っていて、粒子の細かい肌が特徴。
《悠久の子 4》(2024)
他の4作はテラコッタという茶色っぽいオレンジ色の土を使っていて、小さな砂粒のようなものが混じっています。
《悠久の子 5》(2024)
6作品それぞれに表情を変えているのはもちろん、大きさも少しずつ違います。これらもぜひ実物を見ていただきたいですね。
熊谷晴子個展「悠久の子」詳細はこちら
熊谷晴子個展「悠久の子」は2024/2/22(木)から2024/2/29(木)まで開催。
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