「現代アート」と名のついた展覧会を訪れると、一色で塗り込められたキャンバスがうやうやしく飾られていたり、オークションで落札された直後バラバラに裁断された作品が再びバラバラのまま数億円で売れたり……
このような、一見して「意味のわからない」作品が、意図的に見るひとを惑わせようとしているように見えて憤る方も少なくないかもしれません。
今回は、ネガティブな印象を持たれがちな現代アートの様々な事例をもとに、どのように現代アートと向き合えばいいのかを考えてみましょう。
1. 意味不明な「現代アート」のことはじめ、デュシャン
デュシャンのデビュー
マルセル・デュシャン(1887 - 1968年)は、フランスの文化的な家庭に生まれました。
幼い頃から絵画に親しみ、画家としてのデビューはキュビズムを発展させたスタイルの作品《階段を降りる女 No. 02》という作品でした。この絵画では、運動する人体の姿を、当時クロマトフォトグラフィーと呼ばれる高速連続写真で動くものを写した作品で話題になったエドワード・マイブリッジや、エティエンヌ=ジュール・マレーといった人の写真から影響を受けています。
《泉》が世界に与えた衝撃
デュシャンの最も有名な作品は、1917年に発表された《泉》でしょう。この作品がよくわからないと言われる現代アートの始まりとされています。
ひっくり返された男性用小便器に「R. Mutt」とサインされただけのこの作品は、ニューヨークで開催されていた独立芸術家協会に出品されました。デュシャン自身が委員を務めていたにも関わらず、「これはアート作品ではない」と展覧会側からの猛抗議を受けました。
この事実が示しているのは、「アートはかくあるべきである」という暗黙の了解が、当時抽象芸術なども発展していたアメリカでも一般的であったということでしょう。デュシャンの挑戦的な作品によって、その暗黙の了解を破壊し、さらに「タイトル・サインをつけて適切な場に出されていれば、どのような物体でもアートと呼ぶことができる」というアート界のシステムを皮肉ったのです。
2. 世界に衝撃を与えたバンクシーのシュレッダー事件
シュレッダー事件の顛末
2018年10月15日、 世界的オークショニア「サザビーズ」のオークションに出品された版画作品でした。次々と作品が競り落とされる中で《Girl with Balloon》が登場すると、バンクシーの人気を投影するように高騰し、最終的な落札額は104万2000ポンド(およそ1億5000万円)。バンクシーにとって、2番目に高い落札金額でした(当時)。
しかし、落札が決まった瞬間、会場にアラームが鳴り響くと、額縁にあらかじめ仕掛けられていたシュレッダーが作動し、作品を断裁し始めました。
騒然とする会場を尻目に、断裁された作品は、関係者の手によって会場から運び出されていきました。
オークション・ビジネスへのテロ行為ともいえるシュレッダー事件でしたが、事件後、断裁された作品は「史上初めて、オークションの最中に生で制作された作品だ」とサザビーズが宣伝し、落札者も落札金額を支払って購入しました。
最終的には批判そのものがオークション・ビジネスに取り込まれ、バンクシー本人の意図とは裏腹に作品の市場価値を上げることに繋がりました。
シュレッダー事件の影響
バンクシーはなぜ作品を断裁したのでしょうか。
それは、投機対象として金だけが積まれていくオークション・ビジネスへの批判だといわれています。
しかし皮肉にもこの事件が日本でもバンクシーの知名度を爆発的に上げることにつながります。
なぜバンクシー作品は価値を認められているのか?
バンクシーの作品は、作品自体に美的な価値があったり、超絶技巧を使っているから希少性がある、という点で評価されているのではありません。むしろ、彼の政治力、プレゼンテーション能力、企画力、実行力が優れていたからこそ、他のアーティストではなくてバンクシーが有名になる原因となったのだと考えられます。
あるアイディアを、どのようなやり方で見るものに伝えるかという点で、バンクシーは違法な「落書き」という方法を使いながらも革新的だったのです。
コラム : アートへの注目度は高い。展覧会やビジネスとの関係
アート x ビジネス、教養としてのアートに関する書籍が人気
17万部のベストセラーを記録し、コミック化も果たした山口周の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』では、複雑で不安定な世界においてビジネスを成功させるため=あくまでも功利的な目的でビジネスパーソンがアートを学ぶべき理由が書かれています。
また、末永幸歩による『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』では、「新たな問い」を生み出すとされる「アート思考」を広く一般向けに解説しており、ベストセラーになっています。
このように、現代アートを理解することがビジネスの現場にどのように役立つのか、またそもそもロジカル・シンキングなどと同列の思考法としての「アート・シンキング」への世間一般の注目度はかなり高いと言っていいでしょう。
また、コレクター向けの各種のアートサービスや、現代アートの展示への来場者数は増加の一途を辿っています。巧みなマーケティングも相まって、2019年に森美術館で開催された「塩田千春 魂がふるえる」では、のべ67万人の来場者数を記録しました。
博物館など固定客を獲得しているものとは異なり現役のアーティストを扱うことになる現代アートの展示において、注目に値する数字だと言えます。
3. 抽象芸術の始まり。マレーヴィチの四角の絵
この作品を発表したカジミール・マレーヴィチは1920年当時のソ連の画家でした。
マレーヴィチは、未来主義オペラ作品のための舞台美術を制作していました。未来主義とは、前衛的な美術グループの名前で、作品は無意味な言葉や脈絡のないプロット、不協和音のBGMで構成される非常に前衛的な作品を発表していました。
当時、「新しい芸術は非対象的でなければならない」と考えていたマレーヴィチは、この舞台美術についても、何か特定の風景や人物を描くのではなく、抽象的で幾何学的なものが絶対的な価値を持つとしていました。マレーヴィチはそれを「絶対主義 = シュプレーマティズム」とよび、極限まで要素を減らした絵画を制作しました。
ただの「黒の正方形」は、何物も表象せず、ただ「黒の正方形」だけとして存在します。その絶対性が、この作品が最初に展示された部屋の場所、天井の片隅という場所に結びついた、ロシア正教のイコン的絶対性と結びつきました。
極限まで単純化された絵画が、偶像崇拝を忌避する正教的伝統に合致し、さらには美術史の中でもピッタリと抽象表現が出てくる時代に合致したのです。マレーヴィチが評価されたのは、そのような文脈の中においてでした。
4. ジョン・レノンの妻、オノ・ヨーコも現代美術家だった
オノ・ヨーコはフルクサスという前衛的な芸術運動の一人とも考えられているアーティストの一人でした。ジョン・レノンの妻としての知名度が大きいかもしれませんが、彼女自身もパフォーマンス・アートを中心とした前衛的な作品で注目を集めていました。
『グレープフルーツ・ジュース』と題された単行本はシュールな命令文で構成された不思議な本で、1964年に刊行されました。抽象的、あるいは非常に具体的な行為が、読み手の想像力が用いられることで初めて完結するような特殊な形態のアート作品になっています。
彼女の作品に対しても「よくわからない」という反応は当時からよく寄せられていますが、彼女自身の言葉によればその作品のインスピレーションとなっているのは「自己と向き合う営み」であるといいます。
ギャラリーの真ん中に大きな脚立が置いてあり、そこに登って虫眼鏡を使って見上げると天井に飾られた絵画にごく小さく書いてある「YES」の文字が読める、という作品があります。
この作品はジョン・レノンが初めてみたオノヨーコの作品でもあり、ごくポジティブで明るいメッセージと、従来の絵画作品にとどまらない斬新な見せ方が両存しています。
5. 物議を醸した、ジョセフ・コスースの椅子
ジョセフ・コスースの《1つおよび3つの椅子》は、「椅子、その椅子の写真、辞書の「椅子」の項目を拡大したもの」の3つを一緒に展示するという作品で、1965年に発表されました。
「椅子」のイデア(古代ギリシアの哲学者プラトンによる概念)を、三つの異なった方法で形にすることで浮かび上がらせるための作品でした。
つまり、言語・映像(画像)・物質によって、通常は視覚的なイメージでしか捉えられないある物体の観念を、記号論や意味論と絡めて提示したものと言えます。
いわゆる「アート」と言って想像されるような絵画らしい絵画ではない方法で知的な問題提起を起こすことが可能なのがコスースの作品であったと言えます。
アートの価値判断基準とは?
何かしら難しいこと、わざとよくわからないものだと思われがちな現代アートの価値基準。
そこでは、一見衒学的に見えても、実はアーティスト自身の真摯な思いや歴史や人間に対する真剣な問題提起が隠されています。
それをそのまま提出する人もいれば、何か別の要素で包み込んで提出する人もいます。
一番外側から見ているとどれも同じように見えたり、ただただ難しく見える時もありますが、美術館の説明をよく読んでみたりするなど興味を持って見れば意外とシンプルなメッセージが込められていることが多いのが特徴です。
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