アートマーケットとは、美術品を中心とした市場です。
Photo courtesy of Sotheby’s
アートマーケットの特殊な点
アートマーケットは、通常の業界と異なり、需要と供給以上の何かでできています。
それは美術作品の文化的価値であり、さらにそれだけではなく過去と将来の価値をも考慮した総合的な金銭価値も含みます。すなわちハイブリッド型の予測市場と言ってもいいかもしれません。
アートマーケットの特殊な点は、生産者=アーティストが主に販売するために作品を作るとは限らず、買い手=コレクターは購入する作品の将来の価値を充分には知らない、というところにあります。 さらに、従来アートマーケットは不透明な部分が多く、プライベートセールでの売上は市場取引の約半分を占めていると言われています。
有名なオークションハウスであるサザビーズやクリスティーズのオークションは春と秋に行われています。日本では、シンワオークションなどが有名です。アート作品を金融商品としてみた場合、かなり長いスパンでの市場のウォッチが必要になるでしょう。通年でもプライベートセールは行われていますが、パブリックな発表がなければその取引が市場に影響を与えることはありません。
金融市場の変動がアートマーケットに影響を与えることもありますが、逆に、ダウ平均株価が下落したときにもアートマーケットは特に影響を受けなかったこともありました。
© Julian Cassady Photography
価値の変わりやすさ
独自のメカニズムで価値の変動が起こりやすいアートマーケットでは、世界的に有名な作家の作品でも大きく評価が変わることもあります。例えば、2008年の春、あるコレクターがジェフ・クーンズのステンレススチール製の《ウサギ》に8000万ドル以上の値をつけました。しかしその1年後、ニューヨークのクリスティーズとサザビーズの秋のオークションでクーンズ作の出品された4作品のうち2作品だけがよく売れ、1作品は全く売れませんでした。 2011年にクリスティーズはクーンズのバルーンフラワーの彫刻を1690万ドルで売却しています。
このように、一時的によく売れるものでも、新しいスタイルやアイデアに取って代わられることで価値が下がることもあるのです。時間と共に漸進的に価値が上がっていくとは限りません。
© JEFF KOONS STUDIO
プライマリーとセカンダリー
アートマーケットは、新しい美術品が初めて市場に出る「プライマリー・マーケット」と、過去に一度でも販売されたことのある既存の美術品を対象とする「セカンダリー・マーケット」の二つに分かれています。基本的には、プライマリーはアーティストから直接コレクターの手に作品が渡るか、ギャラリーを通して初めて売買されるような場を指します。そしてセカンダリーは、コレクターからコレクターの手に移ったり、コレクターが上記のようなオークションに出品する場を指しています。
プライマリーで売れた作品はセカンダリーに流れ、プライマリーでの価格がセカンダリーでの価値に直結します。
そもそもの作品の需給関係はプライマリーよりもセカンダリーに影響を与えます。その理由は、現代美術を中心とした新規の作品には予測分析のための明確なデータがなく、作品の評価が難しい、つまりより投機的だからです。 ギャラリー、ディーラー、コンサルタントなどのエージェントによるプロモーションと、アルファ消費者として働くコレクター(トレンドセッター)がプライマリーの作品評価に作用していると言えます。
アートの価値の決め方
優良株と同様に、無名作家の作品がどのように売れるのか、あるいは全く売れないのかを予測することは非常に困難であるため、一般に「優良な」あるいは有名な作家の作品は、無名作家の作品よりも高く評価されます。
高い市場参入障壁のせいで、マーケットに入ってくる作品の希少性が増大されます。その結果、一つ一つの作品価格が上昇することになります。
限られた少数のアーティストと、それを評価する内側の尺度が存在することによってある程度「固定された」作品の価値が認識されています。これはマーケットの予測可能性を高めますが、ネガティブな効果としては芸術的多様性の減少と新規参入コレクターの減少が懸念されています。
このため、ギャラリストやアートディーラーは、新しいアーティストの価値を上げる前に、現在どのような種類の作品が流行っているかを検討することが最も重要です。ギャラリストが新進アーティストの価格を既存のアーティストよりもずっと低く設定するのは、こうした懸念があるからです。
市場の透明性
2007年から2012年にかけての世界的な金融危機により、アートマーケットは、その透明性の欠如・古臭い評価方法・マーケット自体の構造的が倫理観を欠如していると見なされ、批判にさらされました。これを受けて、2009年には「アートマーケットは株式市場よりも倫理的に劣る」という命題で、アートマーケットのプレイヤー(ギャラリスト、ディーラーなど)たちの間で議論が行われました。
この討論の中で特に注目されたのは、倫理的に問題があるとされる行為として「シャンデリア競売」が挙げられたことです。「シャンデリア入札」とは出所不明の入札のことで、オークションハウスが出品者のために入札すること(利益相反)と、購入する意図はないが価格をつり上げるために入札する正体不明の入札者の両方を意味しています。このような行為は、オークションハウスが入札者に出品準備価格を秘密にしたために行うことができてしまったのだとしています。
2011年、マーケットの不透明性に対する批判と、反対に透明性を高めることがマーケットをダメにするのだという反論を受けて、The Art NewspaperはArt Dealers Association of Americaと共同でArt Industry Summitパネルディスカッションを開き、より透明性が必要であるかどうかについての議論が行われました。
そこでは、秘密の準備金をもって売り手を代理したり、それらの作品の最初の評価額をオークション時に買い手に提示するという、利益相反的な行為がマーケットに組み込まれているかどうかについて議論されました。また、第一保証入札と第三保証入札の問題や、購入の見込みのないものに入札しないために売り手の準備金を開示すべきかどうかという議論も行われました。
美術品市場の弱点(特に不透明性と利益相反)がより知られるようになるにつれて、主要なマーケット関係者の間で市場規制についての真剣な検討が始まっています。
アートマーケットの歴史
1980年代後半は、美術品オークションハウスにとって好景気の時代でした。しかし、1990年初頭、突然マーケットは崩壊しました。
2001年にはアメリカはEUを抜いて世界最大のアートマーケットとなり、世界シェアは47パーセントとなりました。2位のイギリスの世界シェアは25パーセント程度で推移しています。ヨーロッパ大陸ではフランスが市場をリードし、アジアでは香港がその支配を続けています。
2004年時点では、世界のアートマーケットの売上はほぼ10億ドルと推定されていました。2007年のオークションの売上は、ダミアン・ハースト、ジェフ・クーンズ、リチャード・プリンスなどのアーティストに対する投機的入札に後押しされ、過去最高の10億ドルに達しました。
中国美術市場の最近の隆盛は、その国内販売の規模とそのバイヤーの国際的重要性の両方において、美術品や骨董品の豊かな文化遺産と相まって、巨大な国内市場を生み出し、50年以上にわたってロンドンとニューヨークによって保持されていた独占に終止符を打つことになりました。現在では、アジアのマーケットも非常に大きな規模になっています。
© Damien Hirst and Science Ltd.
© Photo by Paddy Johnson