クロード・モネ|Impression, soleil levant, 1872
印象派または印象主義とは、19世紀後半にフランスで発生した芸術運動です。当時のパリで活動していた画家たちのグループを起源としています。
印象派の画家たちは、1870年代から1880年代にかけて、フランスの保守的なアカデミー美術展覧会「サロン・ド・パリ」に反発して、独立した展覧会を開催しました。この展覧会に参加していた画家たちを一般的に印象派といいます。
印象派という名前は、この芸術運動の代表作品とも言える、クロード・モネの作品《印象・日の出》に由来しています。この絵がパリの風刺新聞「ル・シャリヴァリ」で批評家ルイ・ルロワから
「描きかけの壁画の方が、まだ完成して見えるだろう。印象でしか絵を描いていない」
と批判されたのをきっかけに、「印象派」という呼ばれるようになりました。当初は批判的・侮蔑的な呼称だったものが、現代にまで影響力を持つほどの近代美術を代表する芸術運動となりました。
第一回印象派展が開催された、写真家ナダールのスタジオ。1874年
印象派絵画の特徴
作品の特徴としては、以下の点が挙げられます。
💡目に見える筆のストローク
💡チューブ絵具が可能にした戸外制作
💡近代化されたパリという日常的な描写対象(モチーフ)
💡時間・運動による光や色の変化の描写
💡斬新な描画アングル
印象派が現れた当初は、アカデミックな評価もされず、販売もままなりませんでした。しかし、しだいに金融家、百貨店主、銀行家、医者、歌手など一般ブルジョア市民層の間で支持されるようになりました。また、宗教色の弱い自然や農村や都市の生活といった日常的な主題のおかげで、プロテスタントやユダヤ教徒が中心のアメリカで特に受け入れられるようになりました。
印象派はクールベやマネの写実主義、ほかにバルビゾン派を継承して、西洋近代絵画を牽引した、19世紀フランスを代表する前衛的な画家グループとみなされています。
モネの風景画やルノワールの裸婦像などが代表的な印象派作品と紹介されることが多く、現在、「印象派」が西洋近代絵画史の主流として確固とした地位と人気を確立しているのは疑いえない事実です。
ギュスターヴ・クールベ|Un enterrement à Ornans, 1850
エドゥアール・マネ|Olympia, 1863
バルビゾン派の代表的作家カミーユ・コロー|View of the Forest of Fontainebleau, 1830
印象派以前のパリ画壇
しかし、19世紀後半のフランス絵画界においては、印象派は異端な存在であり、マイナーな存在だったことに注意しましょう。当時の主流派はあくまでパリの王立美術アカデミーの画家たちでした。毎年アカデミーで開催される公募企画展「サロン・ド・パリ」の審査に通過して、作品が展示されることが、この時代の一人前の画家になる条件だったのです。
1863年のサロンで絶賛された作品。アレクサンドル・カバネル|La Naissance de Vénus, 1863
しかし、この時期はサロン・ド・パリを主とする「アカデミズム」から、画商や批評家の支持を主とする「批評家システム」へと次第に移行していく時期でもありました。アカデミズムという制度の外で、画商や批評家などの支援者を得て、自由で新しい表現を模索する前衛芸術家たちが、社会的な面でも経済的な面でも活躍できる時代になりつつありました。
自由で独創的な表現が、画商や批評家たちから支持を得られるようになった理由は、フランス革命から始まる個人主義に重きを置く近代的な価値観が特にブルジョア層の間で共有されていたというのが大きな要因と言えます。
ドラクロワのロマン主義、クールベの写実主義はそうした近代的個人主義の動きの前触れであり、マネや印象派もその延長線でとらえることができるでしょう。
印象派の画家たちは、1860年代後半にパリのバティニョール街を本拠地とし、その地区のクリシー広場に面したカフェ・ゲルボワに集いました。マネとドガを中心に画家、文学者、批評家たちが議論を行い、印象派の母体となりました。
ウジェーヌ・ドラクロワ|La Liberté guidant le peuple, 1830
印象派の経済的支援者となったのは画商ポール・デュラン=リュエルでした。またアカデミズムには拒否されたが、しだいに公衆の間で印象派の作品は受けはじめました。
ポール・デュラン=リュエル、ルノワールによる肖像
1860年代後半から、マネやドガらと美術的価値を共有する「独立派」的な画家たちは、年に1度、サロン・ド・パリで開催される展示会を企画する保守的な芸術アカデミーから、サロンへの出品を拒否されるようになってしまいました。当時、たとえサロン・ド・パリの審査に通過して展示できても、ほとんどの印象派の画家たちは、保守的な批評家や公衆から批判を浴びていたのです。
そこで、1873年の後半に、モネ、ルノワール、カミーユ・ピサロ、アルフレッド・シスレーらは、「画家、彫刻家、版画家等の美術家による共同出資会社」を組織し、サロン・ド・パリとは別の独立した展示を企画をします。
展示はサロン・ド・パリ開幕の2週間前である1874年4月15日に始まり、5月15日までの1か月間、パリ・キャピュシーヌ大通りの写真家ナダールの写真館で、共同出資会社主催によるの第1回グループ展を開催しました。のちに「第1回印象派展」と呼び改められる歴史的展覧会であり、画家30人が参加し、展示作品は合計165点ほどでした。
正式名称は「画家、彫刻家、版画家等の美術家による共同出資会社」の第一回展であことが示しているように、芸術家たちの協同組合のようなもので、現実には印象派風の作品だけでなく、画風や様式の異なる芸術家たちの作品が混在していました。
この第1回印象派展で、モネはこの展示に参加する画家のグループを歴史に残すことになる作品、《印象、日の出》を展示しました。《印象、日の出》は、1872年にモネによって描かれた油彩作品で、ル・アーヴルの港の風景を描いたもので、当時のモネはカミーユ・ピサロやエドゥアール・マネが扱う主題や描き方に影響されていました。
第1回展の開会後間もない4月25日、『ル・シャリヴァ』紙上で、美術批評家のルイ・ルロワが、モネの絵画のタイトルから「印象派展」という見出しを付けて、この展覧会のレビューを掲載しました。
「この絵はいったい何を描いたのかな。カタログを見たまえ」
「《印象、日の出》とあります」
「印象!もちろんそうだろうと思ったよ。そうに違いないさ。まったくわしが強い印象を受けたのだからこの中にはたっぷり印象が入っているのだろう・・・・・・。その筆使いの何たる自由さ、何たる奔放さ。描きかけの壁紙でさえ、この海景に比べればずっと出来上がり過ぎているくらいだ」
レビュー内容は酷評でしたが、彼の酷評レビューをきっかけに、「印象主義」「印象派」という呼び名が世に知られるようになりました。当初は揶揄する意味で使われていましたが、逆に当の印象派の画家たち自身によっても使われるようになりました。
また、印象派たちは自らを「独立派」と呼ぶことがあり、周囲からはカフェ・ゲルボワのあった場所にちなんで「バティニョール派」と呼称されることもありました。
印象派展は、1874年、76年、77年、79年、80年、81年、82年、86年の計8回開催されました。
印象派の革新的な手法
初期の印象派たちは、フランスの王立絵画彫刻アカデミーが定めていた絵画のルールに反する描き方をおこないました。
🎨瞬時の風景をとらえる
その根底には主観的な感覚主義があると言えるでしょう。現実をもはや不動の実体としてではなく、刻々と変化する現象として捉え、ある瞬間に個人の目に映った視覚世界を描こうとしました。まぶしい光の輝きやうつろいなど、目の前に映った(感じた)一瞬のビジョンを捕えるのが、印象派の基本です。風景をそのまま写実的に描くのではなく、風景によってもたらされた感覚を表現するという手法です。
オーギュスト・ルノワール|Dance at Bougival, 1883
🎨自由な色使いと筆致
印象派たちは、ターナーやドラクロワのようなロマン主義の作家を例にして、線や輪郭よりも、自由に色と筆を使って絵画を構成することを重視しました。
エドガー・ドガ|L’Absinthe, 1876
🎨戸外制作
また、印象派はモダン・ライフの現実的な風景を描いたので、戸外制作が中心となりました。画材の進化が戸外制作を支えた事実も見逃せません。それまでは、油絵具は通常、豚の膀胱に保管されていました。しかし、耐久性や携行性に優れるチューブ入りの絵の具が開発されると、印象派の画家たちはこぞってそれを使用し、アトリエの外で油絵をそのまま描くことが初めて可能になったのです。
印象派の画家たちは、屋外や吹き抜けがある場所で制作することで日光の瞬時性や遷移をとらえられることを「発見」しました。当時のアカデミーでは、古代ローマの美術を手本にした歴史や神話・聖書を描いた歴史画を高く評価し、その他の絵は低俗とされていたため、当時の一般的なアーティストからはかなり前衛的だと評価されていたでしょう。
ジョン・シンガー・サージェント|Claude Monet Painting by the Edge of a Wood
🎨視覚効果の重視
彼らは、細部を緻密に描くことよりも、絵画全体を見たときに起こる視覚効果を重視し、混色と原色の絵の具による短い断続的なストロークを並べて、あざやかな色彩をそれが振動しているかのように変化させました。
印象派はフランスで現れたころ、海外でも同じようにイタリアのマッキア派やアメリカのウィンスロー・ホーマーらも戸外制作を探求しはじめていました。しかし、印象派はこれまでのアカデミーが教えてきたことと異なる新しい描き方を開発したのが大きな違いだったと言えるでしょう。
モネの睡蓮シリーズもこの点で典型的でしょう。
クロード・モネ|Haystacks, 1891
睡蓮
何が革新的だったのか?—印象派のまとめ
印象派の支持者たちが論じた要点を総括すれば「絵画の見方が変わった」ということです。瞬時性、動き、大胆なポーズや構成、鮮やかで多彩な色使いで表現された光の芸術こそが印象派の要点です。
印象派でモネを中心に開発された新しい手法は筆触分割、あるいは色彩分割という技法です。
筆触分割とは、絵の具をできるだけ混ぜ合わせず、原色に近い絵の具の小さなタッチを並べること。これにより、画面全体に明度と輝きが維持され、躍動感が高まり、微妙な色調の変化や空気の揺らぎを表現することができるようになりました。
ピエール=オーギュスト・ルノワール|ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会
色が混ざるのは、これまでのようなパレットの上ではなく、私達の網膜の上ということになります。これにより、絵具を混ぜて色が暗くなってしまうことを防ぎながら、視覚的には筆触どうしの色が混ざって見えるという効果が得られました。
典型的で教科書的な印象派の作品といえば、アルフレッド・シスレーの作品といえるでしょう。彼は首尾一貫して戸外制作で、印象派画法を保ちつづけました。
1900年頃、アンリ・マティスがカミーユ・ピサロに会ったさい、マティスが「典型的な印象派の画家は誰か?」と尋ねると、ピサロは「シスレーだ」と答えたといいます。美術史家のロバート・ローゼンブラムは、シスレーを「最も汎用的な特徴を持ち、非個性的で教科書として示すのに完璧な印象派絵画」と評しています。
アルフレッド・シスレー|St. Martin Canal, 1870
アルフレッド・シスレー|Church in Moret, 1889
日本美術の影響
印象派の画家の多くは、モネ、ゴッホをはじめとして、日本人の美術が生み出した「浮世絵」に影響を受けているものが多くあります。
歌川国芳や、
印象派の影響—新印象派・ポスト印象派
なお印象派は、感性に基づいて筆触を置いていたのに対し、のちに現れる新印象派は、理論的・科学的に色彩を分割しようとしました。その結果、細い筆で点を幾度も重ねることによる技法「点描」がスーラやシニャックによって開発されました。
ピサロはモネやルノワールなどの初期印象派たちを「ロマン主義的印象主義者」、スーラやシニャックを「科学的印象主義者」と呼びました。
また、当時化学者ミシェル・ウジェーヌ・シュヴルールの色彩理論で指摘されていた、三原色(赤、青、黄)と第一次混合色(三原色の二つずつを混ぜてできる緑、橙、紫)を並置すると互いに鮮やかに引き立てあうという、補色の効果も巧みに使用されています。
ジョルジュ・スーラ|Un dimanche après-midi à l'Île de la Grande Jatte, 1884 -1886
ポール・シニャック|The Port of Saint-Tropez, 1901
点描及び印象派的技法は、ルネサンス以来の西洋絵画のリアリスム表現を根底から覆し、視覚の純粋性に基づく新しい絵画を志向した画期的な技術だったのです。
印象派たちの画家は、統一した理論のもとに足並みをそろえて活動していたわけではありません。1877年の第3回展まではそれなりにまとまっていましたが、それ以後はモネやルノワールを中心とするグループと、自然主義系の画家たちを加えたドガ率いる一派に分裂するようになりました。
エドガー・ドガ|Ballet - L’étoile, 1878
そして、1986年の第8回展では明らかにこれまでの印象派の筆触分割と異なる点描法を使ったジョルジュ・スーラやシニャックら新印象派、さらに印象派に批判的な象徴主義のルドンやゴーギャンらが参加し、実質的に印象派の解体、終焉となりました。
ポール・ゴーギャン|Femmes de Tahiti, 1891
また、ポール・セザンヌも欠かすことのできない存在です。
私たちの今日の絵画における認識、「絵画のための絵画」という観念に至ったのはセザンヌが最初でした。
ポール・セザンヌ|Still life with a curtain
ポスト印象派と初期印象派の差異を考えるとき、最後の印象派展とその開催年の1868年が指標となる重要な年であるといってよいでしょう。第8回印象派展は初期印象派メンバーの離脱と新印象派や象徴主義の台頭(総じてポスト印象派)を示す展覧会と歴史的に位置づけられます。
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