2013年に京都精華大学大学院の芸術研究科博士前期課程を修了し、清冽な色彩感とストロークで見るものを魅了する絵画を制作するアーティスト・薬師川千晴に、TRiCERAが独占インタビューを行いました。精力的に活動する画家は、何を抱えて表現を続けているのか。その根底を探ります。
聞き手:Asako Tamoto (TRiCERA)
配慮の行為としての絵画
ー 最近注力されていることは何ですか?
去年から始めた "Knock" を題材にしたシリーズです。手に直接絵の具をつけて"コンコン"とノックし、そのノックした痕跡を残していくシリーズを描いてます。
きっかけとしては、SNSについて考えさせられることがあり、誰とでも繋がれて新しい世界に触れられるというポジティブな点がある反面、個人の領域に踏み込むハードルが下がっていると感じます。
ノックという行為はとても単純で誰でもしたことがある行為ですが、そもそも壁を隔てた見えない向こう側の相手に対して、こちら側の存在を知らせる配慮の行為になると思っています。
ードアというモノで他者との線引きをするという意味でしょうか?
というより、ノックという行為自体です。自分の存在を知らせたり、自分がここにいるということを発信する行為であると同時に、それは相手への配慮にもなる。そんなノックという絶妙な行為を題材にしています。
ー他の薬師川さんの作品をみても人間関係を題材にされることが多いなと感じるのですが意識していますか?
そうですね...結構寂しがりやなところがあって笑
元々大学時代とかは一匹狼みたいな感じでただひたすら絵を描いてました。本当にずーっと絵を描いていたので、大体自己完結してしまって他人にあまり興味がなかったのかもしれません。当時は具象画を描いていて、とにかく上手くなりたかったんです。
ーそこから寂しがりやの薬師川さんになられたんですね?笑
ですね、、いっぱい色々ありましたね笑 大学院にいってメンバーが限られた日々の生活を送るという環境で、人との距離が近くなったと思います。
プレゼントとして、作品をつくるということ
ー感情や思考の出口としてアートに投影していますか?それともアートの偶然や何かができあがること自体を楽しんでいますか?
それは圧倒的に前者です。私の作品はポジティブなことがコンセプトになることはあんまりなくて、ネガティブなところから出発することが多いです。でも作品を作ること自体はポジティブなことで、きっかけは悲しかったり、どうしようもない気持ちを作品化することで明日に対しての希望、明日に対してのプレゼントとして他の人にも共感してもらうことができたらいいなと思ってます。
ー作品を作るときはどんな感情ですか?
よく、どういう風に作品を作ってるんですかと聞かれるのですが、私自身は千羽鶴を作っているイメージで作品を作っています。きっかけがあって、ただ淡々とそれに向けて手を動かす。アイディアの時点では感情は強くなることはありますが、ストロークが激しい作品なども、やっている作業自体は冷静でただ淡々としています。
ー自分の作品はどう見て欲しいですか?
私自身はどう見てもらってもいいと思っていて、たとえばさっきの "Knock" の作品も実物はわりと何を描いているかわからないと思いますし、ただ単純に綺麗だなと思ってもらってもいいです。私自身もそうなんですが、作品を見る時ってどんな作品であっても鏡みたいな存在だなと思っています。結局自分のその時のポテンシャルや、状況によって今までいいと思っていなかったものが心に訴えてくる。 結局は自分がどういう状況でどんな問題を抱えているかで、見え方が変わる。なのでどうシンパシーを感じるかはそれぞれで、この作品はこう見て欲しいみたいなのはないです。ただ、私の作品に魅力を感じてくれた時に、もっと知りたい、どんな事を思って作ってるんだろうと、一歩踏み込もうとしてくれる人に対しては、私はこういう思いで作っていますと伝えています。
ー作品と自分というものはある種切り離して考えていますか?それとも一体化しているのでしょうか?
私の場合は直接自分の手で手跡を残したりとか、私自身の人間が身体的に作品に関わってるものが多いので、あまり切り離していない方かもしれないです。
アーティストの孤独性
ー感情の間に挟まって消耗してしまうようなアーティストの苦しみには共感しますか?
簡単にわかるとは言えないけれど、作品を作る行為って私は孤独だと思っていて、誰の何のためにというのがわからなくなり、自分に重くのしかかってくることはあります。絵をかいている行為ってスポーツみたいなわかりやすい数値のゴールもないし、ひたすら淡々と階段をのぼっていく。その先になにがあるかもわからないし、ただ登ってればいいってことでもないし、作品を作る時ってすごくパーソナルなことを出発点としてる事が多いので、それに対して自信がなくなったり、孤独になってしまうことはあります。
ーアーティストになることに迷いはなかったんですか?
作家になるというのはずっと強い気持ちとしてあったので、それに対する迷いはなかったです。 ただ、社会的に見た時に、やってることに対して今の社会ってすべてどうしてもお金が関わってきてて、でもじゃあそれに直結しないものは無意味なのか?と悩む時期もありました。
アーティスト・薬師川千晴をつくりあげた経験
ーアートを通して影響させたいものや伝えたいものは、どういったものにフォーカスしてきましたか?また、これからフォーカスする予定のものはありますか?
作品作りって自己満足で完結しちゃうんじゃないかって思われるけど、そうではなくて、感じたことを作品化する行為とは、無いものを生み出すことです。そこには私の願いというか希望があって、 もしかして自分が生きている間に伝わらなくても、何十年後に共感してくれる人がいるかもしれない。 私自身がそのようにして絵画に救われたことがあったので、その経験から、私もそんな時代を超えて共感できるような作品を作っていきたいと思っています。
ーそれはどんな経験だったのでしょうか?
昔、具象画を主に描いていた時、何を描いているのかわからなくなった時期がありました。 こんなに絵画ということに長けてきてやってきたのに、絵を描く行為自体が気持ち悪くなってしまい、しばらく描くことをやめ、作品を見ることに専念しました。
そんな時、マーク・ロスコ *の作品に出会った時に涙してしまったんです。彼の作品は何も描いてなくて、ただ色だけ。自分が追い求めて考えていた絵画ってすごい小さいな、と感じた瞬間でした。 何も描いてないけれど、絵の前に立った時に絵画ってこんなに広いんだな、と思い、自分のやってきたことの幼稚さとかちっぽけさみたいなのを感じました。 ロスコのたった一つの作品から今までの人生を変えるような経験をした。 もう一度自分で絵画をやりなおしたい、再び伝える側の作り手でいたい。しかし、自分のやってきたことは上っ面で、表面的だった。技術の向上ばかり考えていたから、これからは何となくの雰囲気では作品を描きたくない。自分が納得してわかるものだけを手に取っていくと決めました。
その頃最初に描きだした絵は、今までの具象を手放して抽象画を書こうと思った時に、以前より圧倒的に自由すぎてなにが良いのか悪いのかわからないし、でも何となくでは描きたくなかったので、 右から左にストロークを引くだけでした。色も何となく決めたくなかったので自分の肌の色をグラデーションで作った。その作品がいいか悪いかはわからないのですが、ようやく自分の絵画のスタートラインに立ったような気がしました。
*マーク・ロスコ (Mark Rothko)……20世紀アメリカ抽象表現主義の代表的な画家。シンプルな色彩と巨大なキャンバスを特徴とし、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、テート・モダン(ロンドン)やDIC川村記念美術館(千葉)など、世界の主要な美術館に作品が収蔵されている。
ー今推している女性作家は?
同世代なら大和美緒さんと川人綾さん、少し上の世代なら手塚愛子さんです。